宮脇昭先生のこと(3)「本物は終わらない」

ずいぶんと時間が経ってしまいましたが、宮脇先生の講演レポpart3です。

関係各位、ごめんなちゃい。

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「朝日新聞に掲載されていた論文を読んで感銘を受けて、すぐに「鎮守の森」を買って読みました。新聞で拝読した時から、優しい感じがするけれども、非常に直線的な方なのではないかなと思っていたのですが、お会いしたら思っていたとおりの方でした」


講演後の挨拶で、松村宮司はこういった意味のことを述べていました。


82歳。植物学者。


とにかく柔和な、ほわほわとしたおじいちゃまをイメージしがちだけど、宮脇先生は優しさと力強さと純粋さをあわせもった、エネルギーに満ちた方でした。そして失礼を承知で言葉にすると、男の色気をまとった方でした。優しい笑顔、鋭く強い視線、少し日に焼けた肌、紅潮した頬、厚みのある働き者の手。「この人は本物だ」と、一瞬で分かるようなオーラ。


宮脇先生は、本物であることの大切さを何度も繰り返していました。そして、雄島のスダジイやヤブニッケイの枝を会場に持ち込み、それを聴衆に触らせながら、自分の手でさわり、匂いを嗅ぐリアル感の重要性を訴えていました。


「おまえはまだ本を読むな。人の話を聞くな。40億年の生命の歴史のつまった森に出かけて、自分の身体を測定器にして本物の自然を自分の目で見、匂いをかぎ、舐めて触って調べろ」


これは、若き日にドイツに留学した宮脇昭先生が、師事した教授に言われた言葉。


リアルに自分で体感することの重要性は、森づくりだけにとどまらない。宮脇先生の言葉を噛み締めながら、私のなかにはある思いが渦巻いていました。


情報過多の現代、自分好みの情報を集約して自分の意見として言葉にすることが、日常化されすぎています。それは環境だけではなく、食も、政治も、文化も、全てに言えます。情報のシャワーを浴びるうちにバランス感覚が崩れ、自分に都合のよい情報を取捨選択していることを忘れ、さもそれだけが正しいと勘違いしてしまう。これは、非常に危険なことではないか。どんな物事でも、自分の日常に照らし合わせて考え、想像し、自分の意見を持つ、ということが重要ではないか。


最近、そう感じることが多くなったせいか、「自分の手で枝をさわる」ことの大切さをサラッと述べる宮脇先生を、むちゃくちゃカッコいいと感じました。リアル感を大切にすることは、命につながっている。リア充とか、わけわかんない言葉を嬉しそうに使っている場合じゃないんですよ、若者諸君。


「私はまだたったの80歳です。あと30年は木を植えられます」


不摂生をせずちゃんと生きたら、生物学的に言えば男性は120歳まで、女性は130歳まで生きられる。その限界まで生きると口にするのはいけないかなと思うので、120さいの手前の110歳までは生きますよ、と日ごろから話しているんだと、宮脇先生はおっしゃいました。


これには私、猛烈に感激しましたよ。


私と親しい人は一度は聞いたことがあるのではなかろうか。私は日ごろから「120歳までは生きる!」と宣言しています。なぜ120歳かというと、がんばれば生きられる限界な数字という気がしていたのと、それ以上を宣言すると嘘っぽくなるので、120歳と言うようにしています。それに120歳と宣言しておけば、せめて100歳までは生きられるような気がするから。


私は十代の頃は36歳で死にたいと思っていました。女優・浅野温子さんのインタビュー記事に影響されただけだったけど(笑)でも年を重ね、大切な人達に出会うにつれ考えが代わり、今では「120歳!」と豪語するようになりました。この数字は、私がたくさんの愛をいただいて生きてきた証だと勝手に解釈しています。だから、宮脇先生の言葉を聞いた時「私が120歳と言っている数字は間違いじゃなかったんだ!!」と、舞い上がるような気分になったわけです。嬉しかったー!


閑話休題。


講演会が終わり、夜は懇親会がひらかれました。宮脇先生はお酒も煙草もやりませんが、お酒の席にはちゃんとお付き合いされます。それはいわゆる飲みニケーションの重要性も分かってらっしゃるからでしょう。楽しいお酒と美味しい料理、そして宮脇先生の聡明なオーラが、とても充実した懇親会にしてくれました。宮脇先生の横に次から次へと質問者が座るのですが、嫌な顏せずに一つひとつ丁寧に答えられる姿には頭が下がる思いでした。


お開きになる直前、先生と握手させていただきました。あたたかくやわらかく厚みのある、そして予想以上に力強い手。学生時代に、ガウディ建築・サクラダファミリアの彫刻家である外尾 悦郎さんと握手した時の感触を思い出しました。外尾さんは石彫を、宮脇先生は植樹を。自然と向き合い続けてきた働き者の手は、大きくて強くて優しいんだなぁ。


「未来のため、あたなのため、あなたの愛する人のため、人類を支えてくれている全ての地球上の生き物のために今すぐ、木を植えてください。私も植えます」



ただ正論を突きつけるだけじゃない。「私も植えます」と言える強さはとても美しい。次世代への責任を改めて認識した一日でした。


私たちにはまだ「雄島」がある。
まだやれることは山ほどあるんです。


at 22:02, kanako, 神社にまつわるエトセトラ

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宮脇昭先生のこと(2)「まじぇるまじぇるまじぇる」



 

再生不可能と言われてきた世界の幾つもの荒野に森を蘇らせてきた宮脇先生。その森づくりは「宮脇方式」として世界に広がっています。

 

宮脇方式

宮脇方式とは、宮脇昭氏の提唱する植樹方式のこと。

その土地に従来から生息している種類の木を選定し、複数種の木を混植・密植することで、木の成長過程に自然淘汰や共存共栄が起こり、人間の管理を必要としない森が形成される。

この方式により植樹された木は、通常の植樹よりも成長速度が速く、丈夫に成長する。

日本や海外でも取り入れられており、国内では、企業、学校、団体と提携し、緑化運動が行われている。また、林野庁では、2009年度から国有林の一部で宮脇方式を採用している。

※ http://時事用語.jp/ より抜粋

 

 

「まじぇるまじぇるまじぇる」と、宮脇先生は仰ってました。

複数種の木をまじぇてまじぇてまじぇて植える。

 

これって、すごくシンプルなことだと私は思います。

 

いま残っている本物の森を手本にすればいい。本物の森とは何か。人間が作った人工林や里山ではなく、地球が作った自然林、原生林のこと。単種の木で形成された自然林なんて見たことないし、本物の森では、さまざまな生物が混じり合って生きている。そのバランスは人間の力で生み出せるものではなく、自然が作り上げるもの。だから、混ぜて植えてあとは自然に任せるしかない。そして、土地によって気候が違うから、その土地にもともとあった木、人間が植えたものではない木を軸にして森を作るのが一番いい。

 

これって、単純なことでしょう?小学校や中学校の理科、生物で学習したことから辿り着ける理論です。学習しなくとも、本物の森で遊んだ経験があれば「そりゃそうだ」って思えることでしょう?人間を中心に考えていたら出てこないけれど、地球を中心に考えたら、これしか答えは出ないと思います。

 

けれど感覚で理解しているシンプルなことを理論で説明し、人を納得させることがどれほど難しいことか。宮脇先生のすごいところは、そこなんです。

 

 

例えば、私が三国の海岸沿いの松の植樹について抱いている疑問。

松林を例にして記すと、各方面のオピニオンキラーから攻撃を受けそうなんですが(笑)、一番分かりやすいので気にせずに話を進めますw

 

松食い虫で枯れてしまった松林を伐採し、同じ場所に松を再び植えても、同じように枯れるでしょう。当たり前に予測できることを、なぜ人間は繰り返すのか。松枯れを防ぐために薬をまけば、土地がやせる。改良された松も、原種と比べれば頼りない。そもそも松は福井に群生していなかった植物だし。土と海は繋がっている。木がやせたら土がやせ水もやせ海もやせる。近い将来、海産物にも影響が出るでしょう。それなのに、海の恵みで生計を立てている地元の人は口を揃えて『松がないと風がひどいんや』と言う。なぜ、松にこだわるのか。なぜ、他の木を植えないのか。雄島の原生林が守られてきた意味を、先人たちの本当の遺産をなぜ受け止めないのか。この話をすると、なぜ誰もが話を反らすのか。「しょうがないこと」と解ったような顏をしてばかり。


潮風をよけるために松を植林することが、全て間違っているとは言いません。松の植林は先人たちの知恵であり、必要なことだったのでしょう。ただ、枯れたところに同じ植物を同じように植えれば、また枯れる。だから、枯れないように大金をかけて工夫を施す。その流れに、不自然さを感じてしまう。

 

新たに植樹された松林の横にある保育所に息子を通わせる親、という立場になっても、私にはその疑問を解決する術がありません。それはなぜか。感覚で感じているにすぎないから。なんの理論もデータも持っていないから人を説得できない。野山に秘密基地を作って遊び回った少女時代を過ごした自分の感覚を信じている。けれど、それがいかにちっぽけなことか。同じく野山で育ってきた年配の方を説得することなんてできない。

 

そんな歯がゆさを抱きながら松林を見つめていた私にとって、宮脇先生の理論のひとつひとつが、感動の嵐でした。森の根本を、植物の根幹を、命の源を、全てをひっくるめて言葉で説明している。なぜ言葉で示せるのか。それは自分の手で木を植え、膨大なデータと知識を持ち、理論だけでなく実践してきたから。裏付けのある言葉ほど、強いものはありません。そこにあったのは「本物の森」の姿でした。

 

講演は、テレ東の「世界を変える100人の日本人」で取り上げられた番組映像から始まりました。続いてスライド説明。年齢を感じさせない勢いのある語り口で、砂漠や工業地帯や荒野が10年ほどで見事な森になっていく様を、写真とデータで説明してくれました。圧巻としか言いようのない、あっぱれな事実。現場主義で、自分の手で世界中に木を植えてきた人だからこそ得られた膨大なデータと写真は、これ以上ないというくらいの説得力を持っていました。ただ自然を眺めていただけでは、150年、200年かかると言われてきた森づくりを、10年で作ることはできません。

 

松が枯れた場所に松を植えたら枯れる。それはとても単純なこと。けれど、その言葉だけでは現代社会には響かない。理論武装も必要。実践から生まれたものこそが、人を説得できる。それは森づくり以外にも当てはまると思います。自分に何が足りないかを痛感させられました。


これからは「松は早く成長するでの。だから防風林にいいんや」と言われても、ちゃんと言葉で説明できそうな気がしてます。「松に頼らずとも、本物の森を10年で作れるんですよ」と。


つづく


※注

宮脇先生が、松林を否定していたわけではありませんのであしからず。

ただ、松の植林が成功したのは国内では2例だけということ、松を植えるなら他の植物(地元のもの)も植えるべきだということをおっしゃっていました。



at 10:28, kanako, 神社にまつわるエトセトラ

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宮脇昭先生のこと(1)

先日の1030日大湊神社にてシンポジウムがありました。

 

平成22年度 4回 西村幸夫 町並み塾 in 三国 ゲスト:宮脇昭氏

 

三国湊にて毎年開かれている町並み塾ですが、一度も参加したことがなかったので、今年こそは!と思っていたのが今年のはじめ頃。そして、スペシャルゲストに宮脇昭先生をお迎えすると聞いて興奮したのは、春頃のことでした(たしか)。

 

宮脇昭先生!世界で最も木を植えた男。

環境保全、植物学の世界的権威。

 

Tルさんに宮脇先生の著書「鎮守の森」をすすめられて読んだのが、今から4、5年ほど前のこと。たしか福井県のお寺のご住職と宮脇昭先生の共著だったと思います。図書館で借りて読んだのですが、衝撃と感動でいっぱいになった読後感を今でも覚えています。目からウロコな感銘を受けた一方で、自分が日頃抱いていた考え方が間違ってはいなかったのだと、ひどく安心感を得ることができた本でした。



 

杜のこと。

森のこと。

環境のこと。

地球のこと。

 

これらに対して普段感じていること、感覚で判断していること、現代社会の環境問題に対して抱いていた疑問など。それらに対して気持ちのよい答えを、宮脇先生は著書で解りやすく説明していました。

 

鎮守の森や御神木を切って道路を作れ!という話は、どこの田舎にもあると思います。こちらの神社も例に漏れず。高度成長期に一生懸命に働き、田舎に道路を通すことを後世のためと信じて生きてきた世代に、それは間違っていると伝えるのはとても難しいことです。けれど著書「鎮守の森」には、なぜ間違っているかが分かりやすく記してあり、神社関係者としても大きな安心感を得たのでした。

 

あの本の著者、宮脇先生と一緒に雄島を歩けるなんて!!

シンポジウムの日を、首を長くして待っていたのは義父も同じでした。それもそのはず。「鎮守の森」の初版本を持っている義父は、宮脇先生にお会いしたいという想いを、長年抱いていたのです。


 

そしてついに、ついに宮脇昭先生が雄島にやってきました(つづく

at 11:04, kanako, 神社にまつわるエトセトラ

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チビターの潜入取材

奴らが、あるプロジェクトを極秘裏に進めているようなので、
潜入取材してきまちた。


ちた!



何やら、お庭で鍋を火にかけてましゅ。
オレのおやつにしては、鍋がでかいよ。よ?


とりあえず、お疲れぎみのオヤジに変わって、
お鍋を見張ってあげまちた。チタ!
きっと、あれは、オレの飯にちがいないから。


しばらくすると、白い粉が現れ始めました。


オヤジ、何を作っているんだ。
白い粉…。


現実を受け入れられないオレは、カメラで遊んでみることにした。
おたふく完治直前のオレ。



「ぶちゃいく」と笑いこける母親。
笑い過ぎると、ぐれるぞ。いいのか、おい。

庭には、椿の花がいっぱい落ちてた。風流やねぇ。

途中、液体と同じくらい煮詰まってきたオヤジを、ちょっと散歩に連れ出してみた(つまり、飽きてきた



いやー、何度みてもカワイイ車やねぇ。
うちのじゃないけど。


さてさて、白い粉を追跡調査。

煮詰めたものを濾過して、


これを取り出して(むちゃくちゃ苦いらしいよー

さらに煮詰めて水分を飛ばすと…



「できた!」と小躍りするオヤジ。

白い粉じゃん!!

オヤジ…。とうとう…。
オレもさすがに心配になるぞ。

やつが一生懸命に作ったコレ。ちょっと舐めてみまちた。


ぎょぇぐはっ!

しょっぱいぞ、おい。オレのおやつじゃねえじゃん(怒

恐る恐るオヤジにインタビュ−を試みると、「しお」って言うらしい。近くの海水をくんで、手づくりしたんだと。いやー、頑張るねぇ。

この塩を見つめながら、「これで、面白いこと仕掛けていくわよ〜。ホッホッホ」と高笑いするおふくろの顏が、ちょっと怖かったっす。


以上、おんまえプロジェクト潜入取材レポートでちた。
またねー。

at 14:32, kanako, 神社にまつわるエトセトラ

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2つの結婚式と、もう一つの恋物語

先週土曜日は大安吉日。
大湊神社では2組の結婚式が執り行われました。
2組とも、私たちの大事なお友達夫婦。
「一言お祝いを伝えたい!」ということで、結婚式を覗きに行って来ました。

まず午前中はなっちゃんの結婚式。
早朝からベイビーを連れて神社に向かい待ち構えていると、
花嫁がついに到着!


白無垢姿のなっちゃん。とっても綺麗でした!
農業をやるために東京から移住したのが2年半前。そしてこの日、北潟の農家に嫁ぐことになったなっちゃん。花嫁姿を見た途端にいろんな想いがこみあげてきて、花嫁も泣いていないというのに涙が溢れてしまいました。なっちゃん、心からおめでとう!

やがて結婚式は無事終了。さて、ここからが大忙しでした。

出前をとって昼食を済ませ(安島地区でも出前がとれる!)、ベイビーと2人で一旦福井へと戻り母に彼を預けて、今度は1人で再び三国へとんぼ帰り。まだ生後一か月だし、あまり連れ回すのも忍びないのでね。

そして大急ぎで神社に戻ると、ちょうどハウスアムメーアの寺ちゃん&まいこちゃん夫婦の式が終わった直後。集合写真の撮影直前でした。「なんとか間に合った〜」と胸を撫で下ろしていると、「忠尚さん、かなちゃん、2人も写真に入って!」と、新婦の母からお声が。化粧はげはげのカジュアルすぎる姿で、正装の方々に混じって写真に入れてもらいました。恐縮デス。


ほんと美男美女だわね。絵になる。
花嫁衣装は午前中とは対照的に、現代風白無垢。こういうのもステキ。

そして結婚式の後片付けを済ませ、今度はなっちゃん達の二次会がある湊座へ。ただでさえ目出たい席でテンションは上がるのに、華やかな場に出かけるのは産後初。それゆえ、私は大はしゃぎしておりました。

だが、しか〜し。


実は、パーティー開始から30分過ぎた頃から、気もそぞろ状態に。母に預けてきた我が子の様子が気になって仕方がない。彼と離れてから、既に5時間近く経過。すると、母から連絡があり「お乳をあげても泣き止まないから、普段より多めに飲ませていいか?」とのこと。母乳をたっぷり搾乳してきたつもりだったけど、次のパックが最後。なくなったらミルクをあげればいいんだから慌てる必要はないんだけど、電話の向こうの我が子の泣き声を聞いて、私の気持ちは一気に加速。

「今すぐ帰る!!」

というわけで、ダッシュで車に乗り込み自宅へと帰りました。
車中のじれったい気持ちったらありゃしません。
「あ〜、早く会いたい。どこでもドアがあったらいいのに。信号よ、青になれ!」と呟く私に、「落ち着いて」と言いながら笑う相方。そんな時、ふと思ったんです。

この気持ちって、アレに似てない?

彼と目が合うだけで嬉しくて、
彼と少しでも離れると寂しくて、
彼の声を聞くだけで胸は高鳴って、
彼に抱きしめられる(ん?)と、キュンとなる。
彼のためなら疲れも苦にならず、
彼のキュートな横顔にドキドキが止まらない。

アレってのは、アレですよ。
恋ですよ!

しかも、中学生頃の甘酸っぱい恋心に似ているー!

今はなりをひそめていますが、過去は超恋愛体質と言われた私。
産後の充実感の理由はこんなところにもあったのかと、やけに納得した夜でした。世のお母さん方はみんな、この恋心のようなアドレナリンに支えられて寝不足にも耐えられるんだわ。きっとそうに違いない。

そんなことをぼんやり考えている間に、我が家に到着。
猛ダッシュで駆けて行くと、彼は母に抱かれてウトウトしていました。
その寝顔を見て、思わずギュ〜。
彼にとっても忙しいアドベンチャーな一日だったに違いない。ありがとう。

私もボチボチお仕事開始。
これからは彼と離れる時間も増えていく。
一緒に頑張ろうね、ダーリン☆

at 11:37, kanako, 神社にまつわるエトセトラ

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青く光る海と雄島の猿回し

GWのご報告。私たちは相変わらずの大忙しでした。
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at 18:08, kanako, 神社にまつわるエトセトラ

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